サッカーを知りたい、サッカーに興味がわいてきたという方々は、
世界のサッカー界のレジェンドと呼ばれる選手たちを知りたくないですか?
サッカー通の方々には常識かもしれませんけど、
現在に語り継がれる伝説の選手、後世に語り継がれるであろう最近の選手も含めて、紹介してみたいと思います。
目次
レジェンドオブレジェンド
サッカー界だけでなく、サッカーを知らない人でも聞いたことがあるというレジェンドレベル。
なんだったら、わざわざここに書く必要もないほどのレジェンド。
ベースボールで言えばベーブ・ルース、
バスケで言えばマイケル・ジョーダン、
ボクシングで言えばモハメド・アリ。
サッカー界で、そんなレジェンド中のレジェンドは2人しかいません。
今でもサッカー史上最高の選手はどっちだなんかの議論がされているようですし、
お互いに自分が史上最高だと思っているような発言があります。
ペレ(王様)
ブラジル国籍。だいたい1960~1970年に世界のサッカーに衝撃を与えた選手。
17歳でワールドカップにデビューし、以後4度のワールドカップに出場し3回優勝(←多分ペレだけです)。
「20世紀の偉大なサッカー選手100人」の堂々の1位。
説明も不要だと思いますので、他のレジェンド達からの評価を紹介しておきます。
史上最高の選手はディ・ステファノだが、ペレはその枠に収めることはできない(フェレンツ・プスカシュ)
時々サッカーという競技は彼のために創造されたのではと考えることがある(ボビー・チャールトン)
ペレは理論の限界を超えた唯一の選手だ(ヨハン・クライフ)
彼も他の人と同じく皮と骨でできていると自分に言い聞かせたが、それは間違いだった(タルチシオ・ブルニチ)
自己紹介の必要はありません。あなたのことを知らない者などいませんから(ロナルド・レーガン)
ディエゴ・マラドーナ(神の子)
アルゼンチン国籍。だいたい1980~1990年に世界のサッカーに衝撃を与えた選手。
ワールドカップに5回出場し優勝1回、準優勝1回。
特に1986年メキシコ大会は「マラドーナのための大会」と呼ばれることになるほどの衝撃的な活躍で、アルゼンチンを優勝に導く。
「20世紀の偉大なサッカー選手100人」の堂々の2位。
他の選手らの評価を。
私の時代で技術的に一番優れた選手はマラドーナでした。私よりも。私とマラドーナを比べるのは彼に失礼だ(ジーコ)
彼と私を同じ物差しで比べないでほしい。私は歴代最高の選手たちが非常に近くに見えるが、彼だけは見えない、彼の背中すら見えないのです(マルコ・ファン・バステン)
私はジーコ、プラティニ、マラドーナとチームメイトだったが、最高の選手はと聞かれれば間違いなくマラドーナと答える。彼はミーティングのとき10分でも20分でも平気でオレンジやレモンでリフティングをしていた(マッシモ・マウロ)
彼は別格の選手、別宇宙の存在。彼のことを他の選手と同じ次元で語るわけにはいかない。彼をマークするのが一番きつかった。彼のような選手は二度と現れないと思う(パオロ・マルディーニ)
ジダンがボールでやることをマラドーナはオレンジでできるだろう(ミッシェル・プラティニ)
彼とは比べないでほしい、彼は惑星の選手だから。ディエゴはペレより少し上だったかな、私はディエゴのほうが優れていると思う(ジネディーヌ・ジダン)
20世紀最高の選手はペレではなく俺様だ!(本人!)
ペレ、マラドーナのレジェンドぶりの凄さを表すものとして、
それぞれの名前が以降の選手たちをたたえる代名詞、異名として使われています。
例えば、
白いペレ(トスタン/ジーコ/ルーニー)、
砂漠のペレ(アブドラー)、
ペレ二世(ロビーニョ/ネイマール)、
スカートを履いたペレ(マルタ)など、
マラドーナ二世(メッシ/サビオラ/アグエロなど)、
東欧のマラドーナ(ハジ)、
マラドーナの恋人(カニーヒア)などなど。
神に近いレジェンド
ペレ、マラドーナのような王、神レベルのレジェンドではないけど、
サッカーをかじったことのある人であれば、
サッカーにちょっと興味がある人であれば知っている、サッカー界のレジェンドです。
サッカーに興味のない人でも名前は聞いたことがあるくらいのレジェンドです。
このレジェンド達は神に近いレジェンドと名づけることにします(笑)
ヨハン・クライフ(空飛ぶオランダ人)
オランダ国籍。ペレ、マラドーナに肉薄するほどのレジェンドですね。
だいたい1970年代に世界のサッカーに衝撃を与えた選手で、
いわゆる「トータルフットボール」という世界に大きな影響をもたらしたサッカースタイルの体現者であり、
近代サッカーに大きな影響を与えた偉大な選手です。
ワールドカップは1974年西ドイツ大会にのみ出場しており、
決勝でライバルのベッケンバウワー率いる西ドイツに敗れますが、
この大会はオランダのトータルフットボールが世界中に衝撃を与え、その中心がクライフだったんですね。
代表チームでのタイトルはありませんが、所属したクラブアヤックスでUEFAチャンピオンズリーグ3連覇、バロンドールを初めて3回受賞した選手です。
レジェンドと言われる選手の中では数少ないナショナルチームのタイトルがとれなかった選手です。
「20世紀の偉大なサッカー選手100人」は3位。
サッカーの背番号で「14」はクライフが付けていた番号で、
本人も「9はディ・ステファノ、10はペレの背番号、私は誰も付けていない14をクライフの背番号にする」と発言。
他選手のクライフ評はあまり見つけられませんけど、以下のとおり。
ちなみに、ブラジルではブラジル代表がワールドカップで手も足も出せず負けたのは2014年の1-7のドイツ戦と、
1974年西ドイツ大会の0-2のオランダ戦の2回だけだのこと。
このオランダ戦は前回大会で優勝したメンバー、リベリーノやジャイルジーニョを擁したにも関わらず、
クライフを中心としたトータルフットボールに何もできずに敗れて、
ブラジル国内では、ショックが大きい試合として語り継がれているとのことです。
クライフがどれだけ凄かったかを示すエピソードだと思いますね。
クライフは私以上の才能と強さを持ち、ドリブラーでありストライカーでもある万能型の選手だ。クライフとの比較は名誉なことだが、私が彼に並ぶことは決してない(マルコ・ファン・バステン)
香川はピッチのあらゆる場所に現れ、相手の守備陣をすり抜け、シュートを放ち得点を決める。さながら1974年のクライフを思い出させる(レヴィー・クルピ)
クライフが現代サッカーの基礎を作り、バルセロナの基礎を作った。それを引き継ぎ発展させることは、彼に続く指導者たちの役割である(ジョゼップ・グラルディオラ)
フランツ・ベッケンバウワー(皇帝)
ドイツ国籍、クライフのライバル。特に1970年代に世界的に活躍した選手。
ドイツ伝統のリベロのシステムを作り上げた選手。
最後尾にポジションをとりながら、自由に攻撃に参加するスイーパー=リベロというスタイルを確立させ、
世界中のモデルとなりました(できる選手は少なかったですけど)。
W杯には3度出場、優勝1回準優勝1回、欧州選手権優勝1回、
クラブではUEFAチャンピオンズリーグ3連覇、バロンドール2回獲得。
また、ドイツの監督としてW杯1990年イタリア大会で優勝しており、
選手&監督としてW杯を制した2人目の選手でもあります(最初はザガロ、3人目がデシャン)。
「20世紀の偉大なサッカー選手100人」は4位、レジェンドの中では数少ないDFの選手です。
↑この写真は左クライフ、右ベッケンバウアー。
ペレ、マラドーナと同じく、クライフやベッケンバウアーも後の選手の異名として名前が使われています。
クライフの再来(ファン・バステン)、
東欧のベッケンバウアー(ベロデディッチ)、
ベッケンバウアーを継承し得る選手(バレージ)、
小さな皇帝(バラック)など。
真のレジェンド
やはり伝説的な選手になりますが、サッカーがある程度詳しくないと知ることのない選手になります。
サッカーをやってても知らない選手もいると思います。
この選手たちを知っていると、「お!サッカーに詳しいね」と言われます(笑)。
アルフレッド・ディ・ステファノ(ブロンドの矢)
アルゼンチン&スペイン&コロンビア国籍。
1950~1960年代に活躍した選手で、レジェンドと称される選手を年代でみたときに、
サッカー界で最初に名前が出てくる選手です。
所属したレアル・マドリードでUEFAチャンピオンズリーグ第1回大会から5連覇という偉業を成し遂げ、バロンドール2回受賞。
アルゼンチン代表で南米選手権を1度優勝していますが、目立った代表での活躍はありません。
前述のクライフが崇拝していたのがディ・ステファノで、
1970年代にトータルフットボールで世界を席巻したクライフの10年ほど前に、
オールラウンダーとしてのプレースタイルで活躍していたようです。
「20世紀の偉大なサッカー選手100人」は6位。
サッカーで背番号「9」はディ・ステファノの番号という伝統的な考えがあります。
過去50年間で間違いなく最高の選手(ゼップ・ブラッター)
ペレはオーケストラの第1ヴァイオリン奏者、ディ・ステファノはオーケストラそのものだ(エレニオ・エレーラ)
私がペレより良い選手だったかどうかはわからない、しかしディ・ステファノがペレより良かったことは疑いようがない(マラドーナ)
史上最高はペレかマラドーナだと皆さんは言うが、私にとって最高の選手はディ・ステファノだ(ペレ)
フェレンツ・プスカシュ(走る少佐)
ハンガリー国籍。ディ・ステファノの同じく1950~1960年代に活躍した選手。
1954年のW杯決勝で敗れるまでの4年間、無敗を続けたマジック・マジャールと称されたハンガリー代表のキャプテン。
レアル・マドリードでディ・ステファノとチームメイトであり、
コンビも抜群で、UEFAチャンピオンズリーグも5連覇のうち3連覇に貢献しています。
2009年以降、FIFA主催の大会の試合で最も優れたゴールをした選手に
「FIFAプスカシュ賞」というプスカシュの冠の着いた賞が与えられることになりました。
ディ・ステファノと同じく1950年代を代表する世界的な選手であり、ペレなどが活躍する10年前に、
世界に衝撃を与えた、今では伝説の選手ということで語り継がれています。
プスカシュがハンガリー代表の試合であげた84得点は今でも破られていないハンガリーの記録です。
「20世紀の偉大なサッカー選手100人」は7位。
画像は右プスカシュ、左ディ・ステファノです。
その左足で、私が手でボールを扱う以上に自在にボールを操る(ディ・ステファノ)
Ⅰのまとめ
ということで、今回は世界のサッカー界のレジェンドパートⅠということで、
レジェンドの中のレジェンド、ペレ&マラドーナ、
神に近いレジェンド、クライフ&ベッケンバウワー、
真のレジェンド、ディ・ステファノ&プスカシュを紹介しました。
この6人のレジェンドの共通するところが、白いペレとかマラドーナの後継者などと、
その後の選手たちをたたえるような比喩に使われているところです。
プスカシュなどは、ハンガリーのナショナルスタジアムの名前にもなっています。
偉大さがうかがえることだと思います。
この6人は現在までのサッカーに大きな影響をもたらしていて、世界のサッカー界では超有名なレジェンド達です。
ペレとマラドーナは活躍した年代が違いますが、クライフとベッケンバウアー、ディ・ステファノとプスカシュは同世代というのも面白いと思います。
映像も残っていますので、興味のある方はレジェンド達のプレーをご覧になってください。
以下のサッカー界のレジェンド関連記事もご参照ください。
最後まで読んでいただきありがとうございます。