W杯で世界と戦ったサッカー日本代表のサイドバック

サッカー日本代表は1998年のフランスワールドカップに初出場してから6大会連続で世界の強豪国と戦っています。

日本代表のサイドバックは優秀な選手が多く、今では長友、酒井宏、内田など海外のクラブチームで活躍する選手も出てきました。

今回は、日本代表で世界と戦ったサイドバックを紹介します。

1998フランス大会

我らが日本代表が初めてワールドカップに出場した大会。

アルゼンチン、クロアチア、ジャマイカと戦い3戦全敗という結果でした。

監督はアジア予選途中から指揮をとった岡ちゃん。

岡ちゃんが選んだサイドバックは右が奈良橋で左が相馬というアントラーズのサイドバックコンビでした。

奈良橋 晃

  • 千葉県出身 1971年生 170cm
  • 26歳でW杯出場 出場時鹿島アントラーズ所属
  • 代表キャップ 38試合

フランスワールドカップ3試合に出場。

初戦のアルゼンチン戦は3バックでしたので、右のウイングバックのポジションで出場したりしました。

奈良橋はアントラーズの前にベルマーレに所属していて、このときの左サイドバックの岩本輝雄とともに超攻撃的サイドバックコンビを組んでチームの売りとなっていましたね。

その後アントラーズに移籍し、アントラーズ右サイドバック伝統の背番号2をジョルジーニョの後に受け継いでいます(奈良橋の後は内田篤人)。

全盛期は、小柄でしたけど激しい上下運動を行いシュートを狙う攻撃的なサイドバックでした。

日本代表には1994~2003年に選出されています。

相馬 直樹

  • 静岡県出身 1971年生 175cm
  • 26歳でW杯出場 出場時鹿島アントラーズ所属
  • 代表キャップ 58試合

右の奈良橋と同じくフランスワールドカップでさ3試合に出場しました。

名門清水東から早稲田大学、その後アントラーズに入団しJリーグデビュー。

アントラーズ不動の左サイドバックとしてアントラーズの全盛期を支えました。

日本代表としても1996アジアカップ、コパアメリカ1999などにも選出され、1995~1999年の間日本代表に選出されています。

安定した守備と前線のフォローをしながらのオーバーラップが特徴の選手でした。

2002日韓大会

母国開催にあたる2002年はワールドカップのホスト国として出場します。

ホスト国ですからサッカー超大国は同グループとはならず、ベルギー、ロシア、チュニジアと対戦。

2勝1分のグループ首位で決勝トーナメントに進み、その1回戦でこの大会3位となるトルコに敗れました。

監督はトルシエ、フラットスリーの人です。

フラットスリーですからサイドバックのポジションはありませんが、

ウイングバックとして右で市川、左で三都主アレッサンドロという清水エスパルスのコンビが選ばれています。

市川 大祐

  • 静岡県出身 1980年生 181cm
  • 22歳でW杯出場 出場時清水エスパルス所属
  • 代表キャップ 10試合

日韓ワールドカップで3試合に出場。決勝トーナメントを決めたチュニジア戦で中田英の得点をアシストをしています。

市川は17歳でJリーグデビューし、また日本代表での国際Aマッチデビューは17歳322日で2018年現在でも最年少記録です。

日本人にしては大柄のサイドバックで、高校生の頃からJリーグでも日本代表でも活躍していましたので、

向こう10年は日本の右サイドは安泰だと言われていましたが、怪我などにより・・・。

1999年頃のエスパルスはけっこう強くて右の市川、左の三都主のサイドコンビが特徴でした。

アーリークロスの得意なサイドバックでしたね。

1998年フランスワールドカップの時、予選メンバーから3人を外さなければならないときに、

岡ちゃんがあの「外れるのはカズ、三浦カズ・・」のときにカズ、北澤と同時に市川も外されました。まぁ17歳でしたからね。

日本代表へは1998~2002の間選出されています。

三都主 アレッサンドロ

  • ブラジル出身 1977年生 178cm
  • 24歳でW杯出場 出場時清水エスパルス所属
  • 代表キャップ 82試合

日韓ワールドカップで2試合出場。決勝トーナメント1回戦のトルコ戦でクロスバーを叩くフリーキックが惜しかったです。

1997年にJリーグデビューし、1999年には22歳でJリーグの最優秀選手に選出される(史上最年少)。

当時は外国籍だったが2001年に帰化し、日本代表に選出される。

以後2006年までにアジアカップ、コンフェデレーションカップなど5年間で82試合に出場しています。

ちなみにこの後に紹介する2006年のドイツワールドカップにも3試合出場しています。

サールドカップ2大会連続で5試合に出場し、2002~2006年の日本代表の左サイドを支えたのが三都主でした。

2006ドイツ大会

2006年のドイツ大会の日本代表は、日本史上最強の代表チームと期待されましたが、

オーストラリア、クロアチア、ブラジル相手の1分2敗で予選リーグ敗退となります。

中田英、俊輔、高原、柳沢、小野、稲本など非常にクオリティの高い選手で構成され期待されたのですが、

「完全にバラバラでした(松井大のちに語る)」などで、

良いところを見せることなく大会を去ることになりましたねぇ。

監督ジーコが選んだサイドバックは右が加地駒野、左が三都主でした。

加地 亮

  • 兵庫県出身 1980年生 177cm
  • 26歳でW杯出場 出場時ガンバ大阪所属
  • 代表キャップ 64試合

ドイツワールドカップでクロアチア、ブラジル戦2試合に出場。黄金世代の一人。

1998年セレッソ大阪でJリーグデビュー。その後トリニータ、FC東京、ガンバ大阪と渡り歩きます。

代表デビューは2003年、以降通算で64試合に出場しています。

オーバーラップを得意とした本職の右サイドバックで、2005年のコンフェデのブラジル戦でゴールを決めるがオフサイドの判定で幻のゴールとなりました。

見事なパスワークからのゴールでしたので印象的でしたけどね。

2017年に引退し、今は「CAZIカフェ」のオーナーとして話題になっています。

サイドバック日本代表へは2006~2012の間選出されています。

駒野 友一

  • 和歌山県出身 1981年生 173cm
  • 24歳でW杯出場 出場時サンフレッチェ広島所属
  • 代表キャップ 78試合

ドイツワールドカップでオーストラリア戦の1試合出場。

2000年にJリーグデビュー、その後、ジュビロ磐田、FC東京、福岡に所属する。

代表デビューは2005年、現在までに78試合出場しています。

両足でのキックが正確なことから左右のサイドバックができる貴重な選手でした。

駒野のワールドカップはドイツよりも2010年の南アフリカのほうが印象に残っていますね。

南アフリカ大会では日本代表が戦った4試合全てにフル出場、決勝トーナメントのパラグアイ戦ではPK戦にもつれ込む死闘でしたねぇ。

手を抜かない堅実な守備が印象的でした。

2005~2014年の間に日本代表のサイドバックに選出されています。

三都主 アレッサンドロ

左サイドバックとして3試合に出場。前回大会と合わせワールドカップの試合に5試合出場しています。

2010南アフリカ大会

2010年の南アフリカ大会の日本代表は、大会前の不振を吹き払い2度目のベスト16に進出します。

カメルーン、オランダ、デンマーク、パラグアイと試合をしました。

決勝トーナメント1回戦ではパラグアイと延長戦までもつれ込む死闘、PK戦で敗れました。監督は2度目の岡ちゃん、サイドバックは右が駒野、左が長友でした。

駒野 友一

右サイドバックとして4試合にフル出場。前回大会から合計で5試合に出場したことになります。

長友 佑都

  • 愛媛県出身 1986年生 170cm
  • 24歳でW杯出場 出場時FC東京所属
  • 代表キャップ 108試合

南アフリカワールドカップでカメルーン、オランダ、デンマーク、パラグアイの4試合に出場。

Jリーグデビューは2007年、このときはまだ大学生(明治大)でした。

代表デビューは2008年、以降現在(ロシアワールドカップ開催中)も代表選手として活躍しています。

南アフリカ大会後、イタリアのチェゼーナへ移籍、その後世界的な名門クラブ、インテル・ミラノに移籍します。

インテルで7シーズンプレーした後トルコの名門ガラタサライにレンタル移籍、すぐにトルコリーグで優勝しています。

ご存じのとおり、1試合で11km前後を走る圧倒的な運動量で日本代表のキーマンであることは間違いありません。

日本が世界に誇るサイドバックだと思います。今後の去就も注目ですね。

2014ブラジル大会

2014年のブラジル大会の日本代表は、前回大会のメンバーが中心となり期待されましたが、

コートジボワール、ギリシャ、コロンビアと戦い1分2敗で1次リーグ敗退となります。

監督は期待のザッケローニで、選ばれたサイドバックは右が内田、左が長友でした。

内田 篤人

  • 静岡県出身 1988年生 176cm
  • 26歳でW杯出場 出場時シャルケ04所属
  • 代表キャップ 74試合

ブラジルワールドカップでコートジボワール、ギリシャ、コロンビアの3試合にフル出場。

2006年に鹿島でJリーグデビュー、Jリーグ初となる高卒ルーキーのスタメン出場でした。

ジョルジーニョ、奈良橋と続いてきた鹿島の背番号2を受け継ぎます。

2010年にドイツの強豪シャルケ04に移籍、右サイドバックとしてレギュラーに定着しますが、2015以降は怪我により出場機会がなくなります。代表デビューは2008年。

スピードや運動量よりもゲームメイクの能力が評価された貴重なサイドバックでしたね。これは、もともとMFの選手だったからだと思われます。

日本サッカー選手史上最高のイケメンとして人気がありました。

2008~2015年の間日本代表に選出されています。まだ、30歳ですからこれからも頑張ってほしいです。

長友 佑都

左サイドバックとして3試合にフル出場。ブラジル大会までの合計でワールドカップの試合に7試合出場しています。

2018ロシアワールドカップ

この記事を書いている今、ロシアワールドカップが開催されています。

この大会でサイドバックとして出場しているのは右が酒井宏、左が長友です。

長友は、今のところ3大会連続でフル出場しています。まさしく鉄人ですね。

まとめ

今回はワールドカップで世界の強豪チームと戦ったサイドバックを紹介しました。

  • 奈良橋 晃(3試合)
  • 相馬 直樹(3試合)
  • 市川 大祐(3試合)
  • 三都主 アレッサンドロ(5試合)
  • 加地 亮(2試合)
  • 駒野 友一(5試合)
  • 長友 佑都(10試合)
  • 内田 篤人(3試合)
  • 酒井 宏樹(3試合)

日本代表がワールドカップで戦った試合数が20試合(ロシア大会含む)で、サイドバックとしてプレーしたのは9人です。

長友の10試合って凄いですね。この9人のうち長友、内田、酒井宏は海外の強豪クラブでレギュラーとして活躍しました。

今回の記事をまとめてみてわかったんですが、日本代表のサイドバックって優秀な選手が多いのではないでしょうか。

これからも日本代表のサイドバックに注目していきましょう。サッカーがますます面白くなると思います。

過去記事の<<オフサイドのルールを知っておきまよう【サッカー】>>もご一読いただければと思います。